漂白剤だから

夏場は本堂の仏花の水に塩素系漂白剤を入れてきた。花の腐敗防止のために。そうすると花の持ちがはっきり違う。

しかし問題がひとつ。漂白剤を入れていても水買えは必須だが、その際に花瓶の水撥ねは避けられない。その飛沫が服にあたると、そこが漂白されて白くなってしまう。
白い服なら何の問題もないが、色つきの服の前面のお腹あたりに点々と白い点がついてしまう・・・。
黒い服はマジックペンでごまかせる。しかしエンジのトレーナーは赤マジックペンでもごまかせず、着れなくなってしまった。
花を扱う時はエプロンを使えばいいのか。しかし面倒だし。

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電源プラグは100均で買うな

100均の質の悪さを久々に体験した。
買ったのは電源プラグ。コンセントに挿すもの。
ちょっと太めのケーブルに取り付けようとしたらパキンと割れた。
無理したかと反省し、買い直して、今度はちゃんと太さが合うようにケーブルの余分な被膜を取り除いて装着しようとして、やはりパキンと割れた。
まだ太かった。それにしてもなんだこの遊びのなさは。
安物買いの銭失いを久々に体験。

100均で買ってはいけないリストに一つ追加。
これまでのリストをおさらいしておくと、
ノコギリや包丁など刃物全般、習字筆、蝋燭(中国製)、シャープペンシルの芯、あとなんだっけ。

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変わったのはこの25年

1979年、大学1年のこと、梅雨の間に帰省して8月半ばに京都に戻った。
その日、丸一晩暑さで寝られず、朝、近くのスーパーの開店を待って、扇風機を買ってきたことを思い出す。
あの時はエアコンはおろか、扇風機もなしで夏を過ごそうとしていたのだ。
それは無茶だったが、エアコンなし、扇風機だけで京都の夏を4年過ごせた。39年前の話。

そんな昔まで遡らなくても、延立寺にエアコンが初めて入ったのは1992年。それまでは扇風機だけで過ごせていた。
それから26年。都会の暑さはヒートアイランド現象などが原因と言われていたが、現在はそれに関係ない内陸部の方が灼熱。あきらかに気候が変わっている。

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『kapiwとapappo 』

夜、アミダステーションにて映画上映会。
アイヌにルーツを持つ姉妹を追った『kapiw(カピウ)とapappo(アパッポ) 』。
東京と北海道でそれぞれ音楽活動をしていた姉妹が、震災を機に同じステージに立つことを提案される。姉妹は迷いながら歌声を合わせていく。

上映会には監督もお越しくださり、トークショーも行った。ざっくばらんな人柄が楽しい方。
とてもいい上映会になった。

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ゆっくり多人数で読む効用

午後、延立寺壮年会が主体のブックカフェ。ご門主の本をゆっくり読んでいる。本を読むというより本から連想することを自由に話し合う。

いつも思うが、本ってゆっくり読むと全然受けとめが変わる。それが複数人で同じ本を読むとなおさら。
今読んでいる本も、一人で読んでいたら30分で読み終わり、後に残るものもあまりなさそう。
しかし今日は4ページ進むのに2時間かかった。
多人数で同じ本を読むというのは全然違う体験になる。

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仏教的に映画を観ると

映画『ハクソーリッジ』をDVDにて観る。
私は現在、築地本願寺で毎月発行している『築地本願寺新報』という寺報に仏教シネマというコラムを担当している。
仏教的と思われる映画の紹介コーナー。
仏教的な映画の紹介というより、普通の映画を仏教的に解釈するコーナーと言った方が正しい。
今回選んだのは『ハクソーリッジ』。実在した「良心的兵役拒否者」の物語。
一応自分的には仏教的な視点を見つけたつもり。それは「自分への疑いと怖れ」。
いろいろな映画評を見たが、主人公は聖書に忠実だったと評するものがほとんど。いや、兄と父を殺しかけていることが根本でしょ。

前回の『万引き家族』では、キーポイントを「名前」とした。この指摘はけっこう見られるがあまり重要視されていないような。私はこれ、太い柱と思う。

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見失った

午後、僧侶対象の研修会に出講。
講義の途中で、あらかじめ話そうとしていたことを失念する。この先に俺は何を話そうとしていたんだったっけと迷いながら話していたことは聴き手にも明らかに伝わっていたはず。話をつないでいるうちに思い出して軌道修正したものの、時間超過で当初に予定していたことの7割しか話せず。話すことは頭の中ではなく全部メモにしておかなめければならないと深く反省。次回はあるか。

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『沖縄スパイ戦史』

ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』を試写室にて観る。
試写室は満席。いや足りずに椅子が運び込まれてきた。
今まで知られてこなかった沖縄戦の裏面。陸軍中野学校出身者が沖縄でしたことは、住民を護ることではなく、住民を利用することだった。
この事実が語られなかったのは、当事者が生きていたから。それは本願寺教団も同じこと。教団が戦時教学を公に否定できるようになったのは、当時の門主と教学者が往生されて後のこと。
広島でも満州でも、起こった悲惨は十分語られているように思われている。が、決してそうではない。悲惨すぎて語ることも思い出すことも拒否する人の方が多いのだ。語られずに埋もれた悲惨の数々は、なかったこと、フェイク物語とされてしまう。

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ほめるとは新たな価値の発見

W杯日本対ベルギー戦を後半途中から観る。
なんと2-0で日本リード。いったい何があったんだ。
これ勝っちゃうんじゃないのと思っていたら終了間際に逆転される。
あー、俺が観ていたからかと思ってしまうが、観ていなくてもポーランドには負けたんだよな。

昼、「日本ほめる達人協会」の方とランチ会。この協会では主に企業などで、社員をほめることの効用を伝えている。
ほめるというとやたらにヨイショすることを連想しがちだが、そうではない。ほめるとは、新たな価値の発見と伝達。ほめることの効能はほめた先にではなく、ほめた当人にまず表れる。

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評価の定着に一役

午後、アーユス主催のシンポジウム「国際協力NGOにとっての評価とは?」に出席。
アーユスが評価への支援を始めたのは20年前。当時は評価といえば自分たちが上から査定されるような感覚があり、歓迎はされなかった。
それが現在は、評価の目的は改善であることの理解は定着している。そこにアーユスが果たした部分は少なくなかったように思う。玄人向けというか早すぎるゆえに一般会員にはなかなか理解をいただけなかったのは他の事業にも言えること。

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