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渋谷道玄坂にて

昨日、研修会の後はブラウンボトルトーク。NGO職員と坊さんがワンテーマで飲みながらの話し合い。

ゲストは開発教育協会の山田かおりさんと曹洞宗僧侶の茅野俊幸さん。司会が私でテーマは「仏教とボランティア」。

茅野さんには僧侶という面から活動を語っていただくつもりだったのですが、茅野さんはシャンティ国際ボランティア会の事務局長をなさっている。となれば、NGO畑寄りの話になってしまうのは仕方ない。

例によって司会の力不足により、またしてもテーマを深めるにはいたらず。それにさえ目をつぶれば、悪くない会だったような気がします。が、いうまでもなく酒量は十分に深まったのでさだかではない。

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法名の現状

都心の寺の研修会に出講。

テーマは「法名」。
浄土真宗本願寺派の法名は「釋○○」が原則。だが他の宗派の影響で、字数を多くしたり、信士・信女・居士・大姉などの「位号」を付ける例も見られた。それを本来の「釋○○」に統一しようという取り組みが意識的に強まったのが15年程前。
それが現在、どの程度浸透してきたかのデータを今年とろうと準備している。その手始めとして、都心の地区が手を挙げてくれた。

20ヶ寺からの返答を見ると、15年前には約8割の寺が法名の下に位号をつけていたのが、今はそれが3割程度に減っている。取り組みの成果と見ていいんでしょう。

いやしかし位号なんてかわいいもんで、問題は院号なんですけど、こいつがなあ。

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まだ夏なのに

昼の会議では下半期に向けての諸確認。次回会議では次年度の諸事項を検討する。え?今年度が始まったのはついこの前なのに。

夜は知人と飲みながらつい話し込み、終電を逃してしまう。で、深夜バス初体験。新宿八王子間が所要時間1時間ちょっと。速くはない。でも直行ではないので仕方ない。
料金は3000円。んー、高くはない。でも私の場合それに加えて駅からうちまでのタクシー代がやはり3000円近くかかってしまうので散財感高し。

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いちおう成長

近ごろ、次男が「『しょうし』って焼け死ぬことでしょ?」「『じゅうたい』は、死にそうになって、体が重くなること!」「『じんしんじこ』は線路に落ちて死ぬこと!」と、事故に関することを繰り返し繰り返しうれしそうに口にする。

生死に興味が出たわけではない。大人が嫌な反応をするのが楽しいのだ。

これ、ふつうは3〜4歳の子どもがする一種の反抗行動。11歳になってやっと始めるとはなあ、まあ成長しているということでよしとする。

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「統一」への憧憬

元統一教会信者の知人とゆっくり話をする。

彼が統一教会を離れたのは「経済活動」に疲れ果てたのが第一。教義にも疑問を持ったという。

しかし彼は、統一教会に関わりだした元々の動機はまだ持ち続けている。それは、世界のさまざまな混乱は価値観を同じくすることで軽減解消されるという思い。それは統一理論(統一教会のそれではなく、物理学の)の存在への確信へとつながる。たしかに、物理学の発展がキリスト教的信仰に支えられているのは事実。

でも話を聞いていて、そこに自分がどう位置しているのかが分からなかった。そのことを聞いても質問の意味自体が通じない。
あ、ここのズレってけっこうツポですね。

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人を前にすると

都心のお寺の仏教講座に出講。
仏教伝道協会の『仏教聖典』をテキストとしてのこの講座、もう三回目なんだけど、まだテキストとの距離感がいまいちつかめていない。
今日読んだところはまさに「心」と「真実」がテーマ。準備はしていったのだが、人さまを前にすると、その反応に引きずられて当初の思惑とはずれてしまう。
それがうまい方に転んだときにいい講義となるのだが、なかなか。

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『ニュースの天才』

和歌山から朝イチの特急に乗って帰宅。

車中のDVDは『ニュースの天才』
権威ある政治雑誌の最年少記者スティーブン・グラスは、次々とスクープをものにして一躍スター記者となる。しかし一つの記事への疑問から、彼の記事のことごとくが捏造だったことが暴れていく。

捏造を糊塗するため、嘘に嘘を積み重ねていくうちに、グラス役のヘイデン・クリステンセンの端正な顔立ちに狂気が帯びる。「怒ってる?」と周囲の目に脅え続ける彼にとって、記事の捏造は自身の名声のためと同時に、周囲への歪んだサービス精神だった。周到な細工により誰もが見抜けなかった虚構を構築できた彼の想像力は、捏造により多くの者を傷つけることになることへの想像にはまるで発揮されない。

どんなに豊かな想像力でも自分の都合には敗北する。それは覚えておいた方がいい。

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『カーテンコール』

和歌山へ新幹線で向い、勉強会兼会議。

車中のDVDタイム、選んだのは『カーテンコール』。
昭和30年代、下関の映画館に幕間をつなぐ芸人がいた。映画界の衰退とともに立つ場をなくした芸人、安川修平の消息を追うタウン誌記者は、芸人とその家族の境遇に自らの苦い過去を振り返らざるをえなくなる。

歳を重ねた安川を演じた井上堯之が実にいい。ピタリはまり役。
対して、若き日の安川が繊細すぎるのがちょっと気になった。繊細さではなく弱さを表現すべきだったと思うが、繊細さは演じた藤井隆の持ち味ですからね。別の役者で観てみたかった。

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覚悟は

今日も薄曇り。今年の夏は本当にカラリとこない。

知人とフレンチのランチをゆっくりとる。
話題はいずれも軽くない。多岐にわたったそれらはおそらく、「今、僧侶であること」の意味を受けとめることに収斂する。
覚悟はあるか。

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若い祖父が働いていた

今日も薄曇り。今年の夏はカラリとこない。

昭和10年に営まれた、築地別院落慶法要の記録映画を見せてもらった。
境内も本堂内も立錐の余地ない大大盛況。法要の模様はラジオで全国に生放送されている。
お祝いの品は天皇からも、各大臣からも。当時、本願寺派がかなりの存在感を示していたことがうかがえる。

その裏方でなにやら事務作業をしている僧を映す中で、私の祖父がアップで登場した。計算すると当時37歳の祖父が数秒カメラ目線で筆を走らせる。見た目は恐いね。敬遠されていたはずですよ。

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加担した心性

孵化したメダカ、今日見ると10匹くらいいる。昨日は2匹しか確認できなかったのに不思議。一晩の間に孵化したとも考えにくいし。

午後、9月いっぱい築地別院本堂に展示する平和展のためのパネル選定。本願寺から借りてきたそれらは本願寺が70年前に行った戦争協力を露にした写真群だけど、どうも現在との関連性を示せていない。
それを埋めるための言葉を思案中。

戦争を肯定し煽る教学がどのような論理構成をもって成立しているかの考察は重要だが、それと同等に、そのような論理構成を要請あるいは必要とした心性への考察も欠かすことはできない。しかし後者への目配りはまだ十分とは言えない。

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いのち継ぐ

この春に子どもがもらってきたメダカがここ一週間で次々と死んでしまった。

何が原因だか分からない。メダカ用の浄水ポンプも設置してまもないのに。
残念だったね、と水槽をかたずけようとしたところ、あれ、メダカの赤ちゃんだ!と子どもが叫ぶ。
覗いてみると、泳いでる泳いでる。2匹だけだけど。

いのちを継いだメダカ。この小さい体へ、いったい何を餌にすればいいんだろう。情報収集のために子どもはさっそくペットショップへ走った。

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極真空手と浄土真宗の類似

極真空手と浄土真宗はその変遷に多くの共通点がある。「真」つながりだけじゃなくてね。

かつて極真空手は異端の一団体でしかなかった。

伝統空手の寸止め試合を「空手ダンス」と揶揄し、自ら「実戦空手」「地上最強」と称して初めて直接打撃制の大会を主催した。そんな極真を伝統空手側はケンカ空手、下品な奴らと侮蔑し、差別的にさえ見ていた節もある。

極真が直接打撃制を打ち出したのは、寸止めルールの前提が「一撃必殺」にあることへの素朴な疑問からだった。素人相手ならともかく、鍛えた者同志であれば攻撃を紙一重でよけられなくてはならないし、万一打撃を与えられてもはね返せるのが本当ではないか。そもそも「一撃必殺」って、実際はどーよ?というある種ホンネの問い。それが伝統空手側を刺激したのは想像に難くない。

浄土真宗もまた、異端の一集団でしかなかった。

清僧を標榜しながら裏では贅沢な酒食と女犯に浸る伝統仏教僧。そこでの戒とは何か。「隠すは上人、せぬは仏」という戯言は、僧侶の自嘲というより開き直りではなかったか。真宗は、肉食妻帯に代表される人間存在、そして差別として現れる人間社会への凝視により、仏教の救いをより鮮明にテーマとしうることに成功した。

「で、実際はどーよ」。この問いは、真宗にせよ極真にせよ、何よりも自己自身に向けられたものだ。しかし周りはこれを掟破りの挑発と受け取り、真宗と極真は共に傍流を歩まざるを得なくなる。

事情が変わったのは、エキスパートプロパガンディストの登場によってだ。真宗においての蓮如であり,極真においての梶原一騎である。

40半ばを過ぎて門主に就いた蓮如は、卓越した人心掌握力と組織論を駆使してそれまで寂寂としていた本願寺をほどなくして日本一の大教団に変身させた。また、梶原の『空手パカ一代』が空手界のみならず格闘技界全体に与えた影響は、蓮如のそれに比肩することに誰も異論はなかろう。

何より蓮如と梶原に共通する最大の一点は、メディアを駆使したことだ。蓮如の思想と人間性は手紙の形式に複製されて瞬時に全国へ伝わった。梶原はマンガ世界を現実の格闘技界と交錯させ、「地上最強」という看板に信憑性を与えることに成功した。

卓越したメディア戦略により一躍メジャーの座に就いた真宗と極真。しかしその後両者は、自ら掲げたホンネ路線に自らを問われることとなる。

メジャーになることは、それ自体が伸長することを必ずしも意味しない。「それ的」なものの蔓延を意味する。

極真のメジャー化は、極真の伸長以上に、極真的なるものの蔓延を許した。「極真的」とは、直接打撃と「それって実際はどーよ」的視点である。

伝統空手も直接打撃を取り入れるようになった。そして実戦を標榜する新興団体は極真に問いを突きつけてくる。「顔面攻撃がない。それってどーよ」極真ルールの試合では手技による顔面攻撃を禁止している。それで「地上最強」と言えるのか。
かくして極真戦士はK-1などのリングに登り、異ルールに対応できず苦戦を余儀なくされる。

今は誰も極真空手が「地上最強」などとは考えない。極真の松井館長自身が館長就任直後のインタビューに答えて、極真空手が地上最強かどうかなどどうでもいい、武道のワンオブゼムとして生きていく旨の発言をしている。

真宗のメジャー化は、他宗派の真宗化を促した。明治以降、伝統仏教各宗派は肉食妻帯を公然と認めた。そこにいかほどの教学的整合がなされたかはともかくとして。

伝統仏教の真宗化に伴い、「それってどーよ」という問いは真宗自身に向けられるようになる。「真宗では差別を糾す。しかし教団内のお寺同志に差別的関係はないか。院号授与や色衣によって成り立つ経営に差別性はないか」南無阿弥陀仏の念仏ひとつというラジカルさを前に、教団が纏うものはあまりに夾雑に映ってしまう。

また、真宗は近代的知性を取り入れながら宗教色を薄める方向に進んできたが、ここにきて、中身は真宗に通じながら宗教の装いを拒否している勢力が伸びてきた。彼らはスピリチュアルとかトランスパーソナル心理学などと呼ばれる。それらからすると真宗は、宗教的にも精神的にも中途半端な立場と見えなくもない。

今の格闘技の隆盛に極真空手が果たした役割はとてつも無く大きい。その当の極真には、かつてのケンカ空手の風情はほとんど見られなくなった。実戦空手が広まり、陳腐化したことにより、逆に伝統回帰の道を選択したかのようだ。

これまでの宗教界における真宗の役割もまた大きかった。しかし真宗もまた極真のように、伝統を回復する方向を余儀なくされているのではないか。真宗の伝統ではなく、仏教の伝統に。その鍵は肉体性の獲得にある。肉体に付随するもの。それは涙であり吐息であり体温だ。

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回路はどこに

戦争体験はいかにしたら伝えられるか。
少年時代、友人と友人の弟を米軍機に一瞬にして撃ち殺された経験を持つK氏と、午前中、2時間程話をした。

K氏は先の首相の靖国参拝と、参拝への特に若年層の反応に強い危機感を持っている。反面、いわゆる平和運動にも違和感がある。平和運動の硬直した、あるいは理念先行の姿勢が靖国参拝容認を導いたのではないか、と。

K氏がなにより気にしているのは、立場の如何にかかわらず、戦争へのリアリティが決定的に欠けていることだ。それは先日のこんな調査にも見られる。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/20060815/20060815_007.shtml
ここでの韓国メディアの分析は完全に的外れだ。少なくとも日本の青少年の答は、戦争にリアリティがない「平和ボケ」の所産でしかない。

K氏は今、シルバー人材センターからの派遣として市立中学の校内整備の仕事についている。その日常で子どもと触れる中で、あるいは先生とつながりを持つ中で、自身の戦争体験を伝える時を持てないかと機会をうかがっている。体験は、生身の関係の中でこそ、伝わると確信しているからだ。

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言葉の感覚

この住職雑記、寺のHP上では「ほぼ毎日更新」としていますが、実際は3日ごとくらいの更新です。私の「ほぼ」という感覚はそんなもんです。

締切を過ぎて昨日の昼に催促のあった原稿、すぐ書きます、と返事しましたが、書き上げて届けたのは今朝でした。私の「すぐ」って感覚はそんなもんです。

うちの寺の寺報、隔月刊のつもりなんですが、年4回しか出てません(その状態が10年以上)。私の「つもり」なんてそんなもんです。

で、業務連絡も兼ねて。
Hさん、研修会用の資料づくり、まもなく取りかかります。私の「まもなく」というのは、えーっと、

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70年代ベスト

おとといのスマスマ,70年代ヒットソング特集だったそうな。
30歳前後のスマップメンバーにとっては生まれた頃。私にとっての「潮来笠」か。ちょっと違うような気もするが。

で、考えてみました。70年代の私的ベスト10(順不同)。
青春の影、なごり雪、大阪で生まれた女、交響曲(グレープ)、いとしのエリー、世情、贈る言葉、思い込み(小椋佳)、私は風(カルメンマキ&OZ)、スローバラード

ありきたり曲ばかりでお恥ずかしい。この中で一番世間に知られていない曲、「思い込み」は小椋佳の奇跡的名盤『夢追い人』の一曲。

アルバム単位ではラインナップは全然変わります。ちなみに,私の70年代のベストアルバムはパンタの『マラッカ』。

例の、「傷だらけのローラ」が入っていないじゃないかという貴兄。それは別のくくりでね。

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8月15日

朝から、注意力と判断力がひどく低下。

お盆参りの帰り、交差点で脇からの車と間一髪、衝突しそうになった。交差している道が一方通行だと私が勘違いして、片側しか車の確認をしなかったゆえ。

夕方、調子が悪くなった照明器具を修理していたら突然手元のペンチからスパン!と火花があがった。なんとコンセントにプラグを挿したまま作業をしていた。

気分転換しようとMacのOSをアップグレードしようと思い立った。ところが途中でエラー。再インストールしても傷は広がるばかりで、結局HDを初期化するはめに。

それもこれも小泉氏のせいだとは言いません。

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心もたわむ

この春に大量に導入した本棚。理想と出あったと思っていた。

現在、それらの棚が・・・思いっきりたわんでおります(涙)。下段の本を圧迫してます(全部の棚がたわんでいるので、被害を受けているのは最下段の本だけですが)。
強度不足。それは少しの懸念はあったが、まさかU字型になるほどとは考えていなかった。

買い替えする時間も気力も財もない。棚板だけ15mm厚のベニヤ板に交換することで対応する。その板代だけでほぼ本体価格に匹敵。

またまた安物買いの銭失い、今回はちょっとへこむ。

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『ヨコハマメリー』

夜、今年初めて、秋の虫が鳴き出した。虫の名は知らない。

昨日、研修会の帰りに渋谷で『ヨコハマメリー』を観た。

横浜の町に終戦直後から立ち続けた娼婦、メリーさん。
白塗の化粧とドレス。異形は彼女の意思の投影であることは間違いない。それに周囲は畏怖で答えた。

作品の一つの核は、彼女と親交のあった歌手、永登元次郎氏の独白。二年前に逝去した彼の過ごした戦後は、メリーさんが体現してきたものの意味を鮮明にする。
映画のラスト、あそこには元次郎氏がいなければならなかったんだ。

いとしい。本当に、いとしい。

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いま、ここで

都心のお寺の研修会に出講。

ご門徒を対象に、テーマは『現代と浄土真宗』。
この研修会は連続でこれまで10回、いろいろな講師により、仏教発祥から、仏教と真宗の教えと歴史をさらってきた。その一応のまとめとしての役が今夜。

直前まで方針が決まらなかったが、結局、今年元旦に朝日新聞に掲載された、西本願寺門主と五木寛之氏との対談を軸にして話をした。この対談、コンパクトだけど現代の課題のツボを押さえていて、結果的には悪くなかったかも。

靖国問題について言及したところ、休憩時間にスタッフの僧侶から尋ねられた。「ご門徒さんの目、いかがでした?」え?みなさん、ちゃんと聞いてくださいましたよ。しかし、あの程度の話の反応がそんなに気になるの?それじゃ,教団内で靖国問題がちゃんとしたテーマにならないわけだな。

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理由

この部屋なんですが。

使っているオーディオのアンプが真空管。これがですねえ、相当な熱を発するのです。
さらに、Mac。本体は可愛い事にほとんど熱を持ちませんが、液晶ディスプレイがけっこう一帯の空気をぬるくする。
さらに、蓄熱効果抜群の書籍群が山積。
さらに、この部屋にはエアコンがない。
さらに、空気の通りが悪い。

で、ぼうーっとして原稿が進まないと。

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『蟻の兵隊』

三ヶ月ぶりに映画館で映画を観た。「蟻の兵隊」

日本軍山西省残留問題の当事者の、現在の闘いを追ったドキュメンタリー。

終戦後、中国山西省に駐屯していた将兵5万9千人のうち2600人は、上官の命令によりそのまま武装解除する事なく残留し、中国国民党系軍閥とともに3年半にわたって共産党軍と闘った。その間戦死した日本兵は550人。
すべては上官が戦犯訴追を逃れるための、世界の戦争史上他に例を見ない「売軍行為」だった。

生き残った者が帰国できたのは終戦から13年後。しかし彼らは「自らの意思で残留した」と見なされ、一切の補償が受けられなかったのみならず「逃亡兵」との汚名さえ着せられたのだ。

ドミニカ棄民、山西省売軍。国が国民を棄ててきた例がクローズアップされたこの夏は、愛国を強制する教育基本法改定がいまだに俎上に乗っている夏でもある。

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殺生

今年初めてツクツクホウシの声が境内に響いた。

夜、アーユスの会議の後、焼鳥屋に流れた。
席についてまもなく、その場の全員が蚊に食われる。「どこだ?」と、テーブルの下から現れた一匹。ひとりが追いかけた末にパシン!手のひらにはつぶれた蚊。「どうだ?」「いえ、血は吸っていなかったみたいです」「誤爆だな」「ナンマンダブ」
そしてまた飛び立つ蚊。パシン!「そいつか?」「いえ、こいつも吸っていないですね」「また誤爆か」「ナンマンダブ」
そして三匹目、パシン!「あ、こいつです。たらふく血を吸ってました」「ナンマンダブナンマンダブ」

その捕物の間、手を伸ばしていた焼鳥。そっちには誰もお念仏しませんでしたとさ。

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『オペラハット』

座間での通夜の帰り、前方の山に落ちかけた夕陽が染める空の色!熟しきったプラムを輝かせたような、いや違う、私の語彙では喩えようがない。ああ、もっと言葉がほしい。

アーユスの茂田理事長は実は横浜放送映画専門学校出身。本物の映画通の彼に、映画初心者がまず観るべき映画は何かと尋ねたときの答が『オペラハット』。
田舎に住む愛すべき善人ディーズにある日、莫大な遺産が転がり込んだ。とたんに渦中の人となったディーズ。マスコミがこの善人の変人ぶりを誇張して報じるのに乗じて、有象無象が遺産の横取りを目論む。

公正の高徳をストレートに、かつユーモアを交えて訴えるこの映画を生んだ国には、憧憬を持ってしまうのは当然だろう。時を経て、かの国で「公正」の立つ位置はなお高い。しかしそこにはユーモアも、まして「高徳」など微塵もなくなってしまった(いや、もともとなかったから、映画として成立したのかもしれないが)。

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『ジョゼと虎と魚たち』

京都日帰り会議。この会議、いつもは苦笑している時間が全体の七割くらいなんですが、今日はそれがほとんどありませんでした(ただ、周りに苦笑された時間が三割くらいあったかも)。

帰りの新幹線車内は一ヶ月半ぶりのDVD視聴。選んだのは『ジョゼと虎と魚たち』。
これ、名画です。
下半身麻痺の障害を持つ女性と大学生の恋物語。
または、池脇千鶴演ずるヒロインの強度の位置の変化の物語。
障害を持つ故に、外界との接触が限られていたジョゼ。
彼女と偶然に関係することによりジョゼの世界を広げる役を負った恒夫。
二人の恋模様は昂揚も滑落もしない、恋そのもの。つまり、他界の発見そのもの。
だから切実に、鮮烈で、苦い。
当初、彼女の障害(それは彼女と外世界との断絶)の象徴として登場した「ドデッ」という落下音が、ラストに至ってまったく別の響きを発していた。それを成立せしめたのは監督の熱であり、池脇千鶴の力であり、妻夫木聡の存在だ。

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棚に不似合い

お盆参りの途中で寄ったブックオフに、仏教関連の展示会の目録が10種類以上ずらりと並んでいた。状態は綺麗、どれにも展示会の半券が挟まっているので、おそらく同一所有者が売りに出したと思われる。
値段は500円から900円程度。相場の半額以下。三冊購入。

あまりブックオフの棚には似合わない目録たち。本自体が重いし、専門古書店に持ち込んでもたいして高値にはならないからここで処分したんだろうけど、私は出来る限りその本の似合う店に引き取ってもらいたいと思ってしまう。執着ですかね。
私がブックオフに持ち込むのは、パソコンソフトのマニュアル、そしてビジネス書。ガソリン代にもなりませんけど。

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ほんとう

延立寺婦人会。教団連合カレンダーの今月のことば「ほんとうの自分に出会えない人生はむなしい」を手がかりに、少し話をする。

このことば、一見「自分探し」のように思える。が、違う。
自分探しって厄介なもんで、そこでの「自分」は、望ましい、輝いている存在であることが暗に期待されている。が、「ほんとうの自分」がそうであるとは限らない、というより、そんなもんじゃない。

「ほんとう」って怖いですよ。喜んで出会いたいものではないでしょう。普通は。

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銀座でもんじゃ

出版会議の後、皆でもんじゃ焼きに流れる。
場所は帰りの足の都合で月島ではなく銀座。とはいえ、高級店というわけでもなく、そこそこ綺麗な程度。
もんじゃ初体験が数人。しかし抵抗なく食が進む。酒飲みでならす人から、酒のつまみとしては腹にたまるお好み焼きよりももんじゃの方がいいかもという感想をいただく。いやあなたならつまみは関係ないでしょう。

店を出たあとは築地本願寺に戻る。築地盆踊り最終日の終盤。仕事帰りの方々で盛会です。こういう場がここにあることの意味は小さくないと思う。

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かつて築地本願寺が担ったもの

龍谷大学経済学部の学生に、築地本願寺の社会的活動について話をする。

彼らの関心は現在どうであるかだろうが、それを話すには過去、戦前の活動をまず話さなければならない。
築地本願寺は明治期から盲人教育に取り組んでいたが、関東大震災を期に、医療・児童教育・職業訓練・職業斡旋・簡易宿泊など、社会的弱者を対象とした諸活動を多方面に積極的に展開していた。
これらは、本来行政がやるべき事の肩代わり。途上国でよく見られるように、社会環境が未成熟な段階での宗教団体の役割を自任していたのだ。

それら社会活動は戦後、ほとんど見られなくなる。
なぜか。第一に、行政サービスが整備されてきたため。
そしてそれ以上に、積極的に戦争協力をしてきたことによる萎縮。
戦時中の社会貢献とはなによりも国策の宣揚に他ならなかった。つまり、社会のためにという善意は、人びとを煽り戦場へ送り出し天皇の為に死ぬよう勧めることをむしろ自らの使命としていたのだ。

善意の顛末に愕然とし萎縮した宗教教団は、座していれば責も負わないとふんだ。それもまた誤りであることはまだ共通認識とはなっていない。

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リン降臨

『シュガー』(新井英樹著・講談社)というマンガがある。
主人公リンはプロボクサー。傍若無人の態度と発言により、圧倒的な強さを誇りながら、会場の観客のみならず世間すべてを敵に回してしまう。観客はリンが惨めにマットに這うのを期待して会場へ足を運び、リンに罵声を浴びせながらまもなくうなだれて帰路につくこととなる。
現在は作品名を『RIN』と変えて刊行中。

いやー、こんなキャラクターが現実に生まれるとは思わなかった。とんでもなく強いかそうでもないかという違いはあるけどね。
これまで悪態を愛敬と見ていた者までも離れさせるシナリオ。これ意図的なら(たぶんそうだろう)、書いた奴(あの親父じゃないとは思う)の悪魔的センスは猪木を超えたぞ。

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留守の間に

サマーキャンプ2日目。

ふもとっぱらのスタッフの指導により、アローヘリコプター作り。
各自、雑木林に入りY字型の枝を切り出して、輪ゴムをわたして発射装置(パチンコ)を作った。

帰り際、ひとりの子どもが、「これ、記念にあげる」と発射装置とアローヘリコプターを差し出してきた。
え?一所懸命作ったんだから君の記念に持っていきなよ、と言うと、「持って帰るとお母さんに怒られる」。
それを聞いた隣の子も「そうだな、うちのお母さんも怒りそうだな」こんなの持ってきてどうするの、ゴミになるだけじゃない、って言うらしい。ほんとかよ。

私たちがここに来ていることを伝えていなかった知人から、携帯にメールが入った。「昨日の火事、たいへんでしたね」
え?何?留守番の母に電話を入れると、たしかに近所で大きな火事があった。老人ホームに放火。夕方の出火で鎮火が夜2時過ぎ。付近一帯は通行止めの大混乱だったとのこと。
いやー、地元消防団員の私としては、出動できなかったことが申しわけなくもありますが、逃れられてよかったとの思いもあり。

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