宴会シーンが見事
今朝の『あまちゃん』、お座敷列車の中が本当に楽しそう。これは役者の演技ではなく、おそらくは地元の方に乗っていただいて、実際に宴会をしてもらったのに違いない。この雰囲気になるまでには、かなりの時間を要したはず。
今日に限らず、このドラマ、宴会シーンの評価がとても高い。出演者たちが本当に酔っぱらっているようだと。私も心から同感する。そこに私は魅かれているのか。
今朝の『あまちゃん』、お座敷列車の中が本当に楽しそう。これは役者の演技ではなく、おそらくは地元の方に乗っていただいて、実際に宴会をしてもらったのに違いない。この雰囲気になるまでには、かなりの時間を要したはず。
今日に限らず、このドラマ、宴会シーンの評価がとても高い。出演者たちが本当に酔っぱらっているようだと。私も心から同感する。そこに私は魅かれているのか。
本棚の飽和状態が長く続く。
本棚には限りがあるので、当然飽和状態にはなる。これまではほどなくして本を間引くなり処分するなり配列を変えるなりして凌いできたが、なぜか今回はその気力がない。もう2ヵ月以上も放置。男性更年期障害か。
これまでは飽和状態であっても、自分がどんな本を所有しており、それがどのあたりにあるかは把握してきたが、今の私はだめ。確かに買ったはずの本がどうしても見つからないことが数回。買ったつもりになっただけだったかとも疑っている。
関東梅雨入り。早い。
全国矢沢永吉友好親睦団体総本部副会長という肩書きを持つ方とたまたま同席した。
矢沢永吉といえばつい最近初めてのオールタイムベストアルバムが発売されたばかり。
「私、永ちゃんのベスト盤買いましたよ!」と言うと、おお同志、と喜んでくれるかとの思いきや、全然反応が悪い。ふーん、あっそう、という感じ。
そうか、ちゃんとしたファンであればベスト盤なんてどうでもよくてオリジナル盤を全部買ってるよな。恐縮です。
「ミラクル」という曲が頭の中で繰り返し鳴っている。まさにヘビーローテーション。なんだろうこの気持ちよさは。YouTubeで視るだけではあきたらず、CD買っちまいました。
一段抜けた弾け方。aikoの「花火」を初めて聴いたときのような感覚を思い出した。
miwaという歌手、全然知らなかったが、若い子に人気なんですね。
八王子市役所脇浅川河川敷で毎年この時期の恒例イベント「みんなちがってみんないい」を覗く。
「不便を楽しもう」という催し。雨にたたられることが多いような印象があるが、今日は好天。暑すぎるくらい。ビールがよく似合う。
空手の稽古。
空手に「受け」なしと学ぶ。
あらゆる格闘技では、相手に攻撃をされたときに、それを衝撃を少なく受ける技がある。しかし空手にはそれはないのだと。受ける癖をつけてしまうと、相手が刃物を持っていても反射的に受けようとしてしまう。受けた時は死ぬ時と心得よと。
それは先制攻撃の勧めではない。後に手を出しても先に当てればいいのだと。それができない。
宮藤官九郎があさイチに出ていた。
そこで初めてあの『あまちゃん』挿入歌、「潮騒のメモリー」の歌詞をちゃんと知った。
いや、すげえ。
「ジョニーに伝えて 千円返して」「北へ行くのね ここも北なのに」なんて歌詞、いったいどこから発想できるのか。クドカン以外には絶対に書けない。
午前、築地本願寺での自死者遺族の分かち合いの会にスタッフとして参加。
午後、仏教情報センター事務局長の互井観章師から、情報センターの相談活動を中心にお話を聞く。互井師にはアーユス関連でたびたびお世話になっているが、情報センターについてのお話は聞いたことがなかった。超宗派活動の先駆け。参考になるところ多々。
新宿のお寺でもユニークな企画をたびたび開いている。そのいずれも単なるイベントではなく、布教になっていることにも感服。同世代にこの方がいることを嬉しくまた有り難く思う。
「お仏だんクロス」という素晴らしい製品がある。いや、あった。
寺の仕事では仏具の掃除は重要な位置を占める。よく使われるのが化学ぞうきんだ。石油系のオイルをしみ込ませたそれは、たしかに埃を吸着させ離さない。だが、実は使っていくうちに弊害が出る。掃除中、オイルを僅かながら対象に残してしまうのだ。うちではそれにより、内陣の漆の少なからずが光沢を失った。それに気づいてから、オイル系掃除用具をうちでは使っていない。
「お仏だんクロス」はオイルではなく、ゼリーを布にしみ込ませている。それが驚くほど汚れを吸着してくれた。金箔さえも痛めずに。
しかし近年「お仏だんクロス」は製造方法を変えてしまったようだ。いぜんあったしっとりした手触りがなくなり、ふつうのクロスと変わらなくなってしまった。
ネットでみつけた同等品、「ダストクロス」。しかしこれも乾いている。しかもすでに生産中止になっており、在庫品しかないという。残念。本当に。
ハクビシンが天井裏を好き勝手に走り回っている。
例年この季節に入り込むハクビシン、いつもはもうちょっと遠慮気味というか隠れ隠れ住んでいた。
それが今年、足音を立てることに何の躊躇もない。誇示しているようでさえある。
音から判断して、一匹だけのようす。さて。
衣替えをしている。
昨シーズン、冬物を出した時にいくつも虫食いをやられた経験から、防虫をしっかり行う。
これまでしていなかったわけではない。クローゼットのバーには防虫剤を下げていた。しかしそれが効かなかったのは、クローゼットの密閉度が悪かったせいもあろうが、無臭性の防虫剤が非力だった気がしてならない。
で、ナフタリンを導入。
いったい何年ぶり,いや、何十年ぶりか。この匂いが誘う思いでは遥か小学生時代まで遡る。
この匂いの貧乏臭さが嫌でつかわなくなったが、年をとった今は、むしろこの匂いに信頼感を感じてしまう。匂いなんか一日で飛んでしまうし。
夜、知人2人と高円寺「遊(ゆう)」で飲む。
お2人とも埼玉で地域活性化を目した活動をしている。震災支援にも関わっている。
ということで熱い2人、私の話を聞きたいということで設定した飲み会だったが、8割はお話を伺うばかり。それはそれで私には有意義だった。つい声が大きくなって、隣の席の方には申し訳なかったが。
今日行った店「遊」は以前は八王子駅南口にあったのが昨年春に移転したもの。高円寺というのは八王子からはけっこう寄る機会が少ない。いっそ新宿だったらもうちょっと寄りやすいんだが。
旨い肴と酒。雰囲気も主人の人柄も最上。また行きます。
このたび、延立寺では八王子駅北口の近く、東町3丁目に新たな活動地を取得した。
すでに建っていたプレハブ倉庫をそのまま利用し、延立寺別院とする。通称は「アミダ・ステーション」。
長く本堂に安置していた仏壇を移設。その他、延立寺の物置に眠っていた絨毯、ポット、食器、掃除機を持ち出して再利用。いつか役に立つだろうととっておいたのが役に立った。寺2軒分ため込んでいたということか。椅子やテーブルも中古を調達。
法話会や講座を開く他、市民団体の会議やイベントにも使ってもらう。延立寺や仏教のアンテナショップ、及びサテライト寺院として展開する。
夜、都心にて勉強会に出席。本願寺派の現在について語り合う。
ゲストは、一年前から本願寺派の諮問機関に加わられた方。その指摘が的確すぎて感心する先に笑ってしまう。
たいてい、諮問機関に対しては、事務方は何とか自分たちの望む落とし所に手練手管を使って慰問委員を誘導したがるもの。しかしこの宗派の事務方にはそれがない。それは誠実からではなく、どうしたいかの考えがないからのようだ。事務方がそうなってしまった原因は、総局と宗会のこれまでのあり方にある。
宗派の機構改革はそれらをふくめての見直しのはず。
夕方、中央道を都心へ。
つい二日前、中央道の集中工事は以前に比べて配慮がされてか渋滞が少ないと書いた。それを取り消す。
雨ということもあったのだろう、夕方ということもあろう。それを汲んでも大渋滞。八王子から高井戸まで順調なら30分のところを今日は所要時間2時間40分。そのうち、調布インター近辺の3キロを通るのに90分。
調布インターの手前で「今日の会議に遅刻します」と携帯で電話をした。インターを越えたところで電話がかかってきた。「今、会議終わりました」渋滞の長さと通過時間は比例しない。
別件で用事があるために、そのまま高速を進む。調布インターを越えてまもなく工事区間は終り、車は急に流れ出す。前方に車がない。ここがこれだけ流れているのになぜ後ろは停車状態になるのか。理屈としては頭に入っているが、実感として理解できない。
銀行口座用に使っている印章がみあたらない。
最後に使った日も覚えていない。通帳は手元にあるし変更手続きをすればいいのでたいした実害はない。以前、財布がどこにも見当たらず、カード類を全部停止したあとでバッグの中から発見したという経験もあるので、変更手続きももう少し様子をみることにする。
しかしなんなのだろう、深い喪失感の中にいる。
いつも使っている手帳に差してあったボールペンも最近なくした。
その直前まで使っていたのが、手元から忽然と消えた。
価格は400円程度の普通のペンなので、まあどうってことはないのだが、これもまたふしぎなくらいの喪失感を味わっている。
中央道、集中工事。
以前、秋に集中工事をやっていた頃は、ひどい時には八王子高井戸間が3時間近くかかった記憶があるが、今は長くて90分程度か。改善はされている感じ。
中古の折畳みテーブルをまとめて買った。一台3150円。状態はいいので、おトクな買い物だった。
その業者の住所が港区三田3丁目12番地。昔の延立寺の隣。延立寺は3丁目13番地12号だった。ここに40年前に住んでいたんですよ、とキュートな店長さんに告げると、カワイイ目を丸くしてへー、そうなんですかーと驚いてくれた。よし。
今朝の『あまちゃん』放送直後、スタジオの有働アナが、劇中の小泉今日子のセリフを拾って「スナックってやさぐれる所だったんですか〜」と感心していたのに感心。
小泉扮するスナックのママ春子が言うには、やさぐれる所、愚痴を言う所がスナックだと。でもここの心優しい常連たちはママを気遣い、実に行儀よく、ママの過去を腫れ物のように扱う。だから、腫れ物はいつまでたっても腫れ物のまま。
やさぐれられる所、愚痴を言える所は必要なのです。スナック以外ではたとえばそれは寺の本堂だったり家の仏壇だったり。
延立寺、親鸞聖人降誕会・永代経法要。
数日前の予報では雨だったが、朝から快晴。どころか、暑い。初夏の風情。
法話は山口からお招きした池信秀見師。同年代の尊敬する同志。法味豊かなお話をいただいた。
アトラクションはバイオリンとクラシックギターのデュオ、Tone Breath。音色の美しさもさることながら初々しさも交歓。初夏の午後をまったりと彩ってくださった。
明日の延立寺親鸞聖人降誕会・永代経法要のための本堂掃除及び内陣荘厳。買ったばかりの星野源の新譜『stranger』をかけながら。
星野源は私が今一番好きなアーティスト。彼の歌声には不思議な力がある。YouTubeにあがっている彼の「スーダラ節」にも泣かされた。まさか「スーダラ節」で泣かされるとは。彼の歌のような法話ができたらと思う。ずっと無理だろうが。
夜は明日のご法話をお願いする池信秀見師と一献。
ご接待ということできちんとした店にお連れするつもりだったが、ご本人から、綺麗な所ではなくB級グルメ的なところで肉が食べたい、とリクエストをいただいた。で、向ったのは八王子駅南口の八王子ロマン地下。ここ、一昔前の屋台村的なつくりだが、妙に落ち着く。
延立寺本堂の塗り替え完了。ぴっかぴかであります。
剥がれてきた塗料の塗り替えだけの予定だったが、築40年で地のモルタルが浮いていることが判明し、その補修も同時に行った。
正面鉄扉と紋も塗り替え。まるでモナカのようにくすんだ薄茶だった紋が光輝く金色に。気持ちよし。
午後、東京教区実践運動合同協議会。長年毎年開催されてきたこの会議だが、昨年は諸般の事情によりうやむやになっていた。きちんとした開催はほぼ2年ぶり。教団内機構や運動が塗り変わって一年、教区内活動がやっと回ってきた。
午前、延立寺やまゆりの会のみなさまにより、延立寺本堂の仏具のおみがき。一皮むけた。ありがとうございました。
午後、アーユス理事会。
来年度のNGO組織強化支援のテーマを検討する。
郵便局のATMで通帳が受付けてくれない。何回差し入れても戻される。
通帳の磁気が取れてしまったのだろうと、窓口に持っていった。すると、「これ、三井住友銀行の通帳ですよ」
・・・間違えてた。しかしあらためてゆうちょ銀行総合口座の通帳と三井住友銀行総合口座の通帳を並べてみるとよく似ている。緑の色も白い線の太さも。どちらかがパクったのではないかというレベル。
午後、調布のお寺に法話出講。
熱心に聴いていただいたことに感謝。
朝のNHK連続テレビ小説、『ゲゲゲの女房』を私が観始めたのは6月に入ってからだった。その当時、かなりの話題になってからのこと。
『ちりとてちん』は7月に入ってからだったような記憶がある。『ちりとてちん』はDVDまで買ってしまった。
それからすれば、『あまちゃん』を今月から観始めたのは十分早いと言えよう。
面白い。宮藤官九郎なのだから面白くないわけがないのだが。登場人物ひとりひとりが皆愛しい。
夕方、八王子市仏教会総会に出席。
八王子市仏教会は現在加盟寺院131ヵ寺。八王子が広域ということもあるが、大所帯。宗派の割合は偏りがあるものの、宗派を超えてつながりが深いという点では他地区の上をいっているのは確か。
記念講演は長谷川正浩弁護士。
宗教法人の公益性とは何か。
かつて、宗教法人の公益性について、宗教法人がいわゆる一般的な公益活動をすることと捉えられることがあったが、宗教活動自体に公益性を認めなければならないと早くから訴えている。深く同意する。
懇親会を中座して地元小学校の会議に出席。
午前、秦野にて葬式。
施主は現在、静岡県に在住しているが、静岡県民には伊豆・静岡・浜松の三地域間での対抗意識が感じられるとのこと。
同様のケースは他県でもよく見られる。藩時代の感覚がまだ残っているらしい。国内でこれなんだから、韓国や中国としばしば軋轢があるのは無理ないとも言えるか。
夕方、境内に知人の猫の遺骨を埋葬した。正真正銘の樹木葬。
夜、秦野にて通夜。車で向う。
129を進み、相模原相原から初めて圏央道に乗る。いやもう快適。ストレスなく東名に接続できた。今までネックだった金田交差点や厚木市内での渋滞を回避。実に気持ちよし。
Macのディスプレイ、Thunderbolt Displayが発売されてそろそろ1年。もう後継機がでてもいい頃だろう。発売されれば、すぐ買い替える。
私が今使っているディスプレイは購入してから7年くらいになるだろうか。
初めて買ったディスプレイはラディウスのブラウン管。次がナナオのブラウン管。次が現行機。私の初めての液晶ディスプレイ。
まだまだ表示は綺麗。しかし今の基準からすれば画面は小さく、寒さに決定的に弱いのが困る。次の冬の前には買い替えたい。
買い替え予定はAppleのThunderbolt Displayだが、現行のそれに搭載されているUSBは2.0。私が携行しているMacBookAirには3.0が搭載されており、そのスピードを体感してからは2.0など使う気になれない。
新型Thunderbolt Displayが待ち遠しい。発売されればすぐ購入する。そして、Mac miniからMacBookAirにメインを切り替える。miniよりもAirの方が処理速度がずっと速いため。久々に抱く物欲。これはアベノミクスの影響か。断じて違う。
早朝、車で横須賀に向かう。
本日より3日間の空手合宿。私は都合により本日のみ参加。
私がこの合宿に参加するのは初めて。昨年に参加した方は3日間で2キロ太った、3キロ太ったという。その理由はまもなく分かった。食事はすべて自炊だが、師範手作りの品が何品も出てくる。どれも美味。当然酒が進む。
加えて、われわれが取り組んでいる空手は力を使わない。いやおうなく体重は増える。私は一日だけだったので体重に変化はなかったが。
昼、延立寺境内にて藤と八重桜を愛でる会。
延立寺門前脇の藤棚が藤棚らしくなってきた。4年目でやっと。
昨年までは「藤棚」という看板がちょっと気恥ずかしそうだった。納入した植木業者への不満が多々聞こえていたが、今年は平和。
朝方は本降りの雨だったがまもなく上がって好天下でのバーベキュー。ビールが旨い。
もう5月・・・・。
夜、寺院を対象としたものづくり会議。
現在、寺院活動においてもっとも問題となるのは「消費者感覚」。
それを意識しない寺院経営はもはやありえない。しかしそれにまるまる応えての寺院経営は宗教活動とは言えず、サービス業となる。
「消費者感覚」は一般社会においては絶対善というか、それ自体を問われることはまずない。それを撃つのが宗教の役割であり課題とさえ言える。