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なぜ失われたのか

午前、鎌倉霊園にて法事。
暴風雨という予報は外れ、日差しもある好天。風は強いが許容範囲。

鎌倉霊園から、横須賀で開かれている空手合宿に合流。
たまたま同じ方向だったのが幸い。全日程は2泊3日だが、私は半日だけ参加。

半日だけだが、人の体の動かし方について貴重な学びを得る。というか、不思議体験をする。ほんの少しの動きで人が飛ばされる。腕力はいらない。というより、力や筋肉は邪魔であることを知る。
米は一俵が60kgだが、そうなったのは60kgなら誰でも一人で苦労せず運べるという理由からだったという。昔の日本人の普通はそういうレベルだったのだ。そういう体の使い方を知っていたということ。それが嘘ではないことの一端を師範は示してくださる。

私たちの体の仕組みについて、かつて得られていた知見がなぜ今は失われてしまったのだろう。というか、かつてはなぜ得られていたのだろう。
武術は奥が深い。

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