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また会おう

延立寺彼岸会法要。
雨は夕方からという予報だったが、昼前に降り出した。

彼岸会法話では、先日にお参りいただいたAさんの話を。
師を病室に見舞っていた。病室での師は、死を静かに受け入れている様子だった。
それがいよいよ体が弱り、これが最後の見舞いになると思われた日。病室を出ようとしたAさんに師はこう声をかけた。「Aよ、また会おう」。
その言葉をAさんは、「師は死を受け入れていたつもりだったけど、最後になって未練がでたのだろう。次があることを願うなんて」と受け取った。
その話を聞いた私の解釈は全く違う。師の言った「また会う」とは,また見舞いに来てくれという意味ではない。「在り方を変えて、また会おう」という意味だと確信した。人の存在は死して終わりではないと伝えたかったのだ。
そして、その言葉の通り、私はAさんを通して、師の新たな面と出会った。Aさんもまた、墓参したことによって、師の知らなかった面と会えたと実感したはず。
そうAさんに伝えた。それをAさんが納得してくれたかどうかは分からない。

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