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あの予選って何だった

1972年。TBSが世界的な音楽祭を目して出発したのが東京音楽祭。
日本からの出場者は国内予選での一般入場者の投票で決められた。予選では新人デュオ、ブレーバーの『わが青春のカトリーヌ』がずっと第1位に着いていた。深みはないが映画的な美しさを湛えた曲。作詞は阿久悠なので商業的に作られた曲だが、全く無名のデュオが世界的音楽祭の代表になるというストーリーはちょっとわくわくした。しかし、予選上位20組による決選ではブレーバーは国内代表6組に残れなかった。私は落胆。
のみならず、予選では票が取れず下位にいたのに、審査員推薦で国内代表に入った雪村いづみの『私は泣かない』という曲が、本大会でもグランプリまで獲ってしまった。これ、予選の意味は全然ないでしょう。小学生の私は大いに白けた。
今聴き直せば、曲の質も歌唱も段違いに圧倒的に『私は泣かない』は素晴らしい。素人と玄人の耳の違いは明らか。餅は餅屋。とはいえ、ブレーバーは本大会に進ませるべきだったと今でも思う。本大会で賞は取れなくても。
尚、和田アキ子は『あの鐘を鳴らすのはあなた』でこの時の予選に出場し、国内決選にも残れなかった。同曲は同年のレコード大賞の最優秀歌唱賞を獲り、その後は和田アキ子の代表曲に育った。ホント、あの予選って何だったのか。

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Comments

こんにちは。
当時小学生だったという前御住職が、詳細に憶えていらっしゃることにびっくりです。
何につけ、不思議な力が働いて、何だか納得いかないことって少なくないのではないでしょうか。
読ませて頂く御縁を賜り、手を合わせております。
誠に有り難うございます。

Posted by: carropple | November 21, 2024 05:30 AM

あの時代はまだ世界〜とか○○賞って無前提に権威があるような空気がありました。さまざまな権威が力を失っていったのは1990年代くらいからでしょうか。その中には保つべきものもあったような気がしますが。

Posted by: | November 22, 2024 01:33 PM

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